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政府と新聞(マスコミ)の犯罪 ニュース記事に関連したブログ

2012/01/23 09:04

 

 民主党の仙谷由人政調会長代行は22日、大阪市内のホテルで講演し、平成22年9月の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、中国人船長を釈放したことや事件時の撮影映像を非公開とした対応について、「私はいまだに、あの時のやり方、やったこと、すべて正しかったと思っている」と述べた。

 

船長釈放は指揮権発動であった事を認めた分けですね。

 

当時は沖縄地検に「一検事正」の判断だと云って無かったですか?

 

そしてマスコミは沈黙した。

 

 

当時の政府の判断は野党や世論の批判を浴び、官房長官だった仙谷氏は同年11月に参院で問責決議を受けた。

 

この「世論」の批判はネットやブログの批判が中心で、

 

例えば産経新聞は「沖縄地検の判断」と云う仙石のステートメントを

 

無批判に垂れ流しただけで検証すらしなかったではないですか?

 

当時「官房機密費」の口止め効果かと密かに云われましたよね。

 

一地方検事正が高度の政治的判断など出来る分けも無く、

 

もし本当に一検事正の判断で釈放したのなら「職権乱用罪」と

 

国家公務員の職務忠実義務違反で罷免されるべき犯罪ですよ。

 

この事は当時僕は自分のブログで指摘した筈です。

 

sonoraone.iza.ne.jp/blog/entry/1813201/

 

そして、その後中国人船長に対して、

 

検察審査会は「起訴相当」と云う結論を出したにも関わらず、

 

既に帰国させた「犯人」の「再収監」も出来ないまま現在に至っている。

 

この責任は誰が取るのですか?

 

だれか責任を取りましたか?

 

中国政府に犯人引き渡しの外交交渉すら行っていない。

 

もし本当に沖縄地検の検事の独断で釈放したのなら、

 

担当の上野友慈検事正の責任を政府は厳しく追及し処罰しなければならない筈です。

 

しかし、それが出来ない、しないと云う事は、

 

民主党政府が「指揮権発動」で沖縄地検を「指揮」した事の客観証拠ではないか?

 

仙石や民主党政権が行った行為は

 

日本に武力攻撃をした「外患犯罪者」を

 

無法に釈放して証拠隠滅を謀り、

 

後に「起訴相当」と判断された犯罪者を放置しているのですから

 

国家に損害を与えた「外患誘致」を行ったの同等の「外患罪」に相当します。

 

外患罪の刑罰は死刑しか選択肢が無い絶対的法定刑の重罪です。

 

しかし、産経新聞を始め日本のマスコミは沈黙して

 

仙石や民主党政権を追求する事もしなかった。

 

この状況に痺れを切らした

 

海上保安官の一色氏はビデオテープは「公開」したら

 

慌てふためく仙石等を尻目に

 

産経新聞は逆に一色氏の公務員としての守秘義務違反を非難しませんでしたか?

 

産経新聞記者の阿比留さんが自分のブログに以下の様に書かれていますが、

 

 

……あの中国人船長の超法規的釈放発表の際に感じた心の底からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感を思い出しそうです。「反省だけなら猿でもできる」という言葉が以前流行ましたが、やっぱり、この人たちはそれ以下か……。

 

阿比留さんは本当に「心からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感」を感じたのなら、

 

「あの時」新聞記者として何をしたのですか?

 

何もしない、ただ民主党政権のステートメントを丸呑みしてすだけの

 

「無能力者」だったのではありませんか?

 

今頃になって過去に遡って「怒り」や「吐き気」を

 

自分のブログで言い訳の如く訴えて見せても

 

読者に対しての二重の裏切りであり「詐欺」でしか有りません。

 

「あの時」には「あなた方」は全く権力にひれ伏して傍観したんです。

 

あの時が日本の外交の死であり、

 

同時にマスコミの死の瞬間だったのです。

 

 

 

 

 

 

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コメント(17)

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2012/01/23 09:39

Commented by よもぎねこ♪ さん

>船長釈放は指揮権発動であった事を認めた分けですね。

 正式に指揮権を発動したなら、ちゃんとそれを公表するべきなのですが・・・・。

 自民党が今まで指揮権を発動した時はそうしてきたでしょう?
 それでイロイロ批判されたけれど。

 しかし仙石も検察も法務省も、指揮権を発動したとは言っていないのです。 あくまで那覇地検の判断と言っているのです。

 これってどうなのですか?

 そして新聞もこの点は一切知らん顔です。 
 この民主党政権成立で新聞の本性と言うのが明白になりました。

 
 

2012/01/23 10:07

Commented by tamakura さん

「心の底からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感」は我々のような一般の人間の
言いたい言葉ではないですか。新聞記者という「筆」で勝負できる立場でありな
がら他人事のようにして、自分にはものが見えているといったスタンスでスマシ
テいるのにはまさに「心の底からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感」を覚えま
す。マスコミの自壊に加担していることにも知らぬふりではないですか。阿比留
さんのブログには信者のような方々の礼賛コメントがずらりと並びます。気持ち
悪いので読むのを止めました。場違いで申し訳ありませんが、sonoさんの軒先
をお借りして言わせていただきました。

 
 

2012/01/23 10:20

Commented by sonoraone-3 さん

To よもぎねこ♪さん
>>船長釈放は指揮権発動であった事を認めた分けですね。
>
> 正式に指揮権を発動したなら、ちゃんとそれを公表するべきなのですが・・・・。
>
> 自民党が今まで指揮権を発動した時はそうしてきたでしょう?
> それでイロイロ批判されたけれど。
>
> しかし仙石も検察も法務省も、指揮権を発動したとは言っていないのです。 あくまで那覇地検の判断と言っているのです。

指揮権発動は超法規的政治判断ですから公表する義務はない。
しかし、少なくとも過去の政権はマスコミの疑惑に答えて公表して来た。
指揮権の発動を認めて来たのです。

しかし、民主党政府は「指揮権発動」には沈黙し仙石は否定すらした。
マスコミはそれを追求する事もなく疑惑を報道する事も無かった。
マスコミは民主党政権で変わったのです。

だから、かって僕が指揮権発動に触れた時によもさんが僕に反論した様に
証拠が無いから「指揮権発動があったかどうかは分からない。証拠の無い事は云えない」と云う良民の気持ちを悪用して「何も言わない事」で事実を隠蔽したと云う事です。

しかし、かって僕は書いたと思いますが「指揮権」は証拠の問題ではない。
証拠で云うなら物的証拠など有る分けが無いのです。
超法規は書類にしません。
事実が超法規的措置になっているかどうかが証拠なんです。
マスコミはそれを持って過去の指揮権発動を追求して来た。
そして事実が超法規的結果ですから時の政府もそれを認めた。

しかし、今回は一検事正の政治的判断で釈放と云う「超法規=無法」にも関わらず、
政府は隠蔽し、なによりもマスコミは追求すらしなかった。
マスコミと政府のコラボがあったと云う事です。

発動したか、しなかったか、それはそれを認める政府の責任と国民への誠意の問題なのです。
指揮権発動は賞賛を受ける案件である筈がないですからね。
法を無視する事なんですから。
自分の無法を認めて責任の所在を明確にするかどうかの誠意の問題なのです。

証拠が無いから仕方が無いを悪用して
仙石は責任から逃れた下衆と云うにすぎません。

我々国民の良識も相手を見てほどほどにと云う事です。

 
 

2012/01/23 11:17

Commented by よもぎねこ♪ さん

 仰るようだと本当にマスゴミは最低だと思います。
 
 つまりワタシのように法律に疎い人間だと、指揮権を発動した時には、それを公表しなければならないと思っていたのです。

 なぜなら今まで自民党政権の指揮権発動では、自民党政治家の汚職隠しと思われる場合の指揮権発動でも、「指揮権を発動しました」と公表したわけです。

 この尖閣事件の場合は、汚職隠しに比べれば、遥かに公表しやすい事例です。 実際、中国と取引のある企業関係者など船長を早く釈放しろと騒いでいた人も多かったのです。

 でも民主党政権が指揮権を発動してそれを隠蔽したとなると、もう法治主義の意味がありません。

 だってこういう超法規的処置は、せめて国民にそれをやった事を報せる事で、法治主義が守れるのではありませんか?

 政府が秘密勝手に法を曲げられるのでは、法治主義ではありません。

 それを許したなら新聞はせめて「指揮権は秘密裡に発動される事もある」と報道するべきでした。
 でもそれもしなかったとなると、もう日本のマスゴミは法治主義の放棄を認めた事になります。

 
 

2012/01/23 11:40

Commented by sonoraone-3 さん

To よもぎねこ♪さん
> 仰るようだと本当にマスゴミは最低だと思います。
> 
> つまりワタシのように法律に疎い人間だと、指揮権を発動した時には、それを公表しなければならないと思っていたのです。
>
> なぜなら今まで自民党政権の指揮権発動では、自民党政治家の汚職隠しと思われる場合の指揮権発動でも、「指揮権を発動しました」と公表したわけです。
>

> 政府が秘密勝手に法を曲げられるのでは、法治主義ではありません。
>

指揮権発動は「法治主義」の「唯一」の例外なのです。
だからこそ、権力は誠意を持って自らの脱法措置を公表して来た。
権力のチェック機能を自負するマスコミも厳しく権力を追求した。

それが壊れたのが民主党政権と今のマスコミの癒着構造です。
この事を国民はゆゆしき問題として反省しなければならない。

この事件は良識があって理性的であろうとするよもさんの様な公平な人につけ込んで証拠が無いから追求出来ない、分からないと云う「雰囲気」に誘い込んで収束させたと云う事でしょう。

僕があの事件当時から指揮権発動を指摘して、検事や政府の犯罪を指摘しても、証拠がない勝手な想像に基づくデマを吹いている程度にしか受け取らず誰も相手にしてくれなかったですが、それも仕方が無い事でしょう。

しかし僕はそれなりに内部に取材して書いているのであって全くの想像をでっち上げている分けではありません。

僕は今までも自分が間違っていたら率直に修正箇所を明示して、黙って削除の様な証拠隠滅はして来なかった積もりです。

> それを許したなら新聞はせめて「指揮権は秘密裡に発動される事もある」と報道するべきでした。
> でもそれもしなかったとなると、もう日本のマスゴミは法治主義の放棄を認めた事になります。


恣意的なご都合主義と言う事ですね。
何故、そうなるのか?
背後にそう仕向ける力と利権がある事の客観証拠です。
行動の結果が全てを語ると云う事です。







 
 

2012/01/23 11:47

Commented by sonoraone-3 さん

To tamakuraさん
>「心の底からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感」は我々のような一般の人間の
>言いたい言葉ではないですか。新聞記者という「筆」で勝負できる立場でありな
>がら他人事のようにして、自分にはものが見えているといったスタンスでスマシ
>テいるのにはまさに「心の底からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感」を覚えま
>す。マスコミの自壊に加担していることにも知らぬふりではないですか。阿比留
>さんのブログには信者のような方々の礼賛コメントがずらりと並びます。気持ち
>悪いので読むのを止めました。場違いで申し訳ありませんが、sonoさんの軒先
>をお借りして言わせていただきました。


僕も阿比留さんのブログのコメント欄には全く同じ「気色悪さ」を感じて訪問する事を止めました。
バカに囲まれると自らを見失う典型でしょう。
新聞記者がブログに書いてガス抜きする様になったら堕落です。

 
 

2012/01/23 12:46

Commented by よもぎねこ♪ さん

 指揮権について一つ疑問があります。

 つまり指揮権を発動する時は、公表するかしないかは別としても、それを発動するときは公式の手続きがあるのですか?

 そしてまた発動した時は、それが公文書として記録に残るのですか?

 これがないと、公式に指揮権を発動したのか、或は検事総長に唯圧力を掛けて、それに検事総長が屈したのか、全然わからなくなります。

 例えばもし法務大臣が検事総長を呼びつけて、口頭で「船長を釈放させろ」と言えば済むことなら、これを指揮権と言うか唯の圧力と言うかを、判別できませんから。

 今までの報道では、民主党政権は公式に指揮権を発動しなで、検事総長に圧力を掛けたので、彼がそれに屈したとされています。

 しかし公文書等で残る物なら、後世この話がきちんとわかるのですが。

 
 

2012/01/23 13:27

Commented by sonoraone-3 さん

To よもぎねこ♪さん

> しかし公文書等で残る物なら、後世この話がきちんとわかるのですが。


指揮権に関して基本的な誤解は、
指揮権発動に公式な手続きがあるかどうかと云う議論です。
超法規的手続きを命じる分けですから手続きなどありません。
検察はご存じの様に国家訴追権と云う強大な権限を持っています。
検察が暴走した時の唯一の行政の対抗手段として法務大臣に指揮権があるとされているのです。
これは非常にグレーでブラックボックスな領域なんです。
寧ろそれ故にこそ歴代の政権は指揮権発動に慎重であり発動を追求された時は
必要なら「認める」事に依って責任を取ってきました。
具体的には指揮権を発動した法務大臣は発動後にその責任を取って辞任しています。
責任を取って辞任する程の事ですから「指揮権発動」がどう言う性格が分かりますね。
指揮権発動は業務命令です。圧力も同じ事で命令と圧力を区別するのは無意味です。
何れであっても検事総長が従えば結果的に指揮権は発動され機能したと云う事です。
先ず圧力を掛けしたが無ければ「命令」になるわけですが、命令にしたが無ければ指揮権は機能せず発動は不発と云う事になりますが、その場合は法務大臣は業務命令違反を事由に総長を罷免できます。そして命令に従う検事総長を任命する事になるでしょう。

公文書などで残りません。
寧ろ残してはいけない事かも知れません。
もし指揮権発動が行政手続きで成されるなら逆に乱発されて危うい事になります。
如何なるシステムもそれを運用する人の良心に掛かっていると云う原点をこれ程端的に示し、且つ重い責任があるのだと云う事です。
クズに権力を渡せばどうなるかと云う見本でもあります。
小沢の不起訴にも指揮権発動があったと思いますよ。
それを覆したのが検察審査会です。
尖閣の船長もそうでしたね?
政府は逃亡させてしまいましたが。






 
 

2012/01/23 17:32

Commented by よもぎねこ♪ さん

 なるほど、そう言う事だったのですね。
 実はこのコメントを入れた後気に成って、法務省に電話を掛けて聞きました。
 すると賢そうなお兄さんが出て、やはり決められた手続きや、公文書の類はないと言っていました。

 それでワタシが「それでは法務大臣が指揮権を濫用するのを防ぐ法律はあるのか?」と聞いたところ、ムニャムニャ言っていましたが、結局無いようです。

 そこで「それじゃ法治主義じゃないじゃん!」と言ったら法務省のお兄さんは「指揮権は法律で決められているから、濫用しても法治主義に反しない」と言うのですが、これってどう考えてもオカシイですよね。

 結局今までの自民党政権の指揮権発動と言うのは、最大限法治主義を尊重して、ギリギリの選択であるとしての対応をしてきたと言う事ですね。
 でもそれは結局自民党政権の良心と誠意だけに依る物で、実は法律上はそんな事は全然制限されていなかったというわけです。

 腰が抜けちゃいます。

 
 

2012/01/23 17:44

Commented by よもぎねこ♪ さん

>指揮権発動は業務命令です。圧力も同じ事で命令と圧力を区別するのは無意味です。

 正式な手続きや文書を残す義務がなければ、これはその通りですよね。 つまり検事総長がお茶坊主で、なんでも法務大臣の言いなりになったり、或は自分から法務大臣の顔色を見て行動するような人間なら、検事総長のしたことが法務大臣の命令だったかどうかだって、判別不能です。

 逆に言えば指揮権を使ったかどうかを国民に知らせるには、検事総長が辞任するしかないと言う事ですね。

 この話ワタシもエントリーしたいのですが、sonoさんのコメントをお借りしてもいいですか?

 
 

2012/01/23 17:54

Commented by sonoraone-3 さん

To よもぎねこ♪さん
> なるほど、そう言う事だったのですね。

それは法務省の兄ちゃんはお気の毒でしたね。
答えられる筈が無い。
空気読めないお姉さんから問い詰められてやれやれと云う感じでしょう(笑)
指揮権は別に法務大臣だけのものではありません。
僕だって社長として部下に対して指揮権を持っている。
取締役会に図って決議すればそれは共同責任になりますが、
僕が指揮権発動して事を為せば僕個人の社長として全責任を負うと云う事です。
従って会社や取締役会に投げては会社存続に関わるような事がらに付いては
敢えて「取締役会」に投げず、社長の独断として実行する事に依って
責任を自分自身に限定して「類を及ばさない」様にする事だって有ります。
本来「トップ」とは日々そう言うリスクを担いで仕事をしています。
毎日6丁目で飲んだくれているだけでは無いのです。
本来の指揮権とはそう言う「精神=矜持」に裏付けされたもので有るべきなのです。

また部下が(検事総長が)自分の組織の意見が割れて収拾が付かず、
結論の結果に依っては国家を揺るがす様な「大事」に及ぶと云った事案では、
逆に法務大臣に指揮を仰ぐと云う事もあります。
歴史上有名な「造船疑獄事件」はこのケースに当たります。
法務大臣は「部下」の意を汲んで全責任を自ら取って「指揮権」を発動し
その後でその責任を一身に負って自ら辞任しました。
伝家の宝刀を抜くとはこう言う「覚悟」が求められるのです。


 
 

2012/01/23 17:57

Commented by sonoraone-3 さん

To よもぎねこ♪さん
>>指揮権発動は業務命令です。圧力も同じ事で命令と圧力を区別するのは無意味です。
>
> 正式な手続きや文書を残す義務がなければ、これはその通りですよね。 つまり検事総長がお茶坊主で、なんでも法務大臣の言いなりになったり、或は自分から法務大臣の顔色を見て行動するような人間なら、検事総長のしたことが法務大臣の命令だったかどうかだって、判別不能です。
>
> 逆に言えば指揮権を使ったかどうかを国民に知らせるには、検事総長が辞任するしかないと言う事ですね。
>
> この話ワタシもエントリーしたいのですが、sonoさんのコメントをお借りしてもいいですか?


指揮権を権利や義務の観点から見ては本質を誤ります。
指揮権は自己責任の完結の問題なのです。
一つ前の僕の返信も参考にしてお書き下さい。


 
 

2012/01/23 20:03

Commented by 阿比留瑠比 さん

sonoraone-3様
 ご批判には耳を傾けたいと思いますが、この問題について私が産経で何を書いてきたかご存知ですか?一昨年の9月24日からどれだけのことを指摘し、署名で書いてきたかと思うと、この反応には正直、不思議にすら思います。

 
 

2012/01/24 04:02

Commented by sonoraone-3 さん

To 阿比留瑠比さん
> sonoraone-3様
> ご批判には耳を傾けたいと思いますが、この問題について私が産経で何を書いてきたかご存知ですか?一昨年の9月24日からどれだけのことを指摘し、署名で書いてきたかと思うと、この反応には正直、不思議にすら思います。

この件を新しいエントリに書かせて戴きました。
コメントありがとうございました。

 
 

2012/01/24 23:58

Commented by yuyuu さん

To sonoraone-3さん
>
>指揮権は別に法務大臣だけのものではありません。
>僕だって社長として部下に対して指揮権を持っている。
>取締役会に図って決議すればそれは共同責任になりますが、
>僕が指揮権発動して事を為せば僕個人の社長として全責任を負うと云う事です。
>従って会社や取締役会に投げては会社存続に関わるような事がらに付いては
>敢えて「取締役会」に投げず、社長の独断として実行する事に依って
>責任を自分自身に限定して「類を及ばさない」様にする事だって有ります。
>本来「トップ」とは日々そう言うリスクを担いで仕事をしています。
>毎日6丁目で飲んだくれているだけでは無いのです。
>本来の指揮権とはそう言う「精神=矜持」に裏付けされたもので有るべきなのです。

一番、重要なのはココですね。
確かに取締役会で決めることは一般社員でも頑張れば決められるが、
社長が独断で決めることは、社長以外は決められない。
何故かと言えば社長は、乗客の命を預かっている船長と同じだからです。
トップの価値はそこにあるので、普段は「代表者印の押し係」であっても、いざという時は自己責任で的確な判断をする。進路を決める。

政権を選ぶというのは日本国の船長を選ぶのと同じ。
彼に命を預けるということです。
それだけの強権を与えるという事ですから。
前の選挙で民主党の投票した人は、
鳩山に国の運命も自分の運命も託したということです。
その選択の結果が、ぞろぞろ出てきているわけです。

 
 

2012/01/25 03:12

Commented by sonoraone-3 さん

To yuyuuさん
>To sonoraone-3さん
>>
>>指揮権は別に法務大臣だけのものではありません。
>>僕だって社長として部下に対して指揮権を持っている。
>>取締役会に図って決議すればそれは共同責任になりますが、
>>僕が指揮権発動して事を為せば僕個人の社長として全責任を負うと云う事です。
>>従って会社や取締役会に投げては会社存続に関わるような事がらに付いては
>>敢えて「取締役会」に投げず、社長の独断として実行する事に依って
>>責任を自分自身に限定して「類を及ばさない」様にする事だって有ります。
>>本来「トップ」とは日々そう言うリスクを担いで仕事をしています。
>>毎日6丁目で飲んだくれているだけでは無いのです。
>>本来の指揮権とはそう言う「精神=矜持」に裏付けされたもので有るべきなのです。
>
>一番、重要なのはココですね。
>確かに取締役会で決めることは一般社員でも頑張れば決められるが、
>社長が独断で決めることは、社長以外は決められない。
>何故かと言えば社長は、乗客の命を預かっている船長と同じだからです。
>トップの価値はそこにあるので、普段は「代表者印の押し係」であっても、いざという時は自己責任で的確な判断をする。進路を決める。
>
>政権を選ぶというのは日本国の船長を選ぶのと同じ。
>彼に命を預けるということです。
>それだけの強権を与えるという事ですから。
>前の選挙で民主党の投票した人は、
>鳩山に国の運命も自分の運命も託したということです。
>その選択の結果が、ぞろぞろ出てきているわけです。


民間であろうと官僚であろうと政治家であろうと、
責任を負う人は皆同じだと思います。

私が、阿比留さんを引き合いに出して論じたかったのは
責任から逃げた人を覆い隠して
外交問題に終止させて報道の目先を誤魔化したとしか思えなかったからです。
だから、僕は釈放時に指揮権発動が有ったと断定したのです。

 
 

2012/01/25 03:12

Commented by sonoraone-3 さん

そして、政府が一地方検事の判断と強弁するならば
その沖縄地検検事を国家公務員法違反で逮捕せよと書いたのは、
その検事を追及すれば指揮権発動の事実が必ず出て来るからです。
僕が考える様な事は新聞記者だって気づくはず。
しかし、話がその方向に行かない様に注意深く報道は管制されていた。
何か大きな力が働いていたと云う事でしょう。

 
 
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